福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)265号 判決 1962年10月16日
控訴人 宮脇マスノ 外三名
被控訴人 長崎県
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴人等代理人は原判決を取消す。被控訴人は控訴人宮脇マスノに対し金一三万五二八〇円、同宮脇マツエに対し金五七万一〇四〇円同吉永俊男に対し金二万〇二五〇円、同宮脇定雄に対し金八万五六七五円及び右各金員に対する昭和三十五年三月六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は本件各控訴を棄却するとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は控訴人等代理人において仮に被控訴人の訴外納富菊一に対する建物除却の代執行が適法であつても、そのことの故に本作建物の一部に居住している控訴人等が本件建物から立退き且控訴人等の所有動産を搬出しなければならない義務を負担するものではないので、被控訴人等に対する本執行は違法である。
仮に控訴人等に前記義務があつたとしても、控訴人等が任意にその義務を履行しないからといつて、控訴人等に対し行政代執行法の手続によらないでその義務を直接に強制することは違法である、と述べ原判決二枚目裏初より六行目「右宮脇マスノとともに」とある部分を削除したほか原判決事実摘示と同一であるので、これをここに引用する。
理由
当裁判所も諸般の証拠を検討した結果、控訴人等の請求を理由がないと判断するのであつて、その理由は次の点を補足するほか原判決理由と同一であるので、その記載をここに引用する。
控訴人等は仮に被控訴人の訴外納富菊一に対する建物除却の代執行が適法であるとしても、控訴人等が本件建物に居住しているので、その占有権は保護されるべきで、本件建物から立退き且つ本件建物内にある控訴人等の不動産を搬出しなければならない義務はないと主張する。
ところで土地区画整理法第七七条第一項によると、仮換地指定があつた場合、土地区画整理施行者は従前の宅地又は公共用施設の用に供せる土地上の建物を自ら除却することができるとせられ、更に同条第七項によると、施行者が右建物を除却する場合、建物の占有者は施行者の許可を受けた場合を除き、その建物の除却開始より完了までその建物を使用することができないとされている。そして右第七七条第七項にいうところの建物占有者が当該建物を使用することができない義務は、現にその事物に居住者がゐる場合にはその建物の占有者が建物から退去し、建物内にある占有者の所有物件を建物外に搬出し、占有者の建物の利用状態を解消しなければならない義務をも含むものであつて、またその義務は占有者が施行者の行う建物除却に協力すべき公法上の義務であると解する。而して本件建物は戦災土地区画整理地区建築制限令(昭和二十一年勅令第三八九号、――同令は昭和二十四年十一月一日政令第三六〇号で戦災復興土地区画整理施行地区内建築制限令と改正された)違反の不法建築物で、同建物の敷地が訴外中村強雄、同中村英彦に対し、土地区画整理法第九八条により仮換地指定地となつたため、右不法建築物の所有者たる訴外納富菊一に対し、被控訴人より原状回復、すなわち除却を命ぜられた建物であつたことは原判決認定のとおりであるので、本件建物除却の代執行が行はれる際における建物占有者に対しても、前記第七七条第七項の規定が準用されて然るべきであると解する。蓋しこの代執行も窮極のところ公共の福祉のための土地区画整理遂行上なすものであり、而も前記第七七条第七項の建物占有者以上に本件建物の占有者を保護しなければならない合理的根拠を見出し得ないからである。したがつて前記建築制限令違反の本件建物の一部賃借人たる控訴人宮脇マスノ及び同人と共に本件建物の一部に居住していた他の控訴人三名等は被控訴人から特別に本件建物使用の許可を受けていないのであるから(この許可を受けていないことは当事者弁論の全趣旨に徴し明らかである)本件建物除却の代執行開始よりその完了までの間本件建物より退去し、且つ同人等の所有動産を本件建物より搬出しなければならない公法上の義務を負担していたものということができる。よつて控訴人等の前記主張は採用できない。
次に控訴人等は仮に前記退去及び搬出の義務があつたとしても、控訴人等に対し行政代執行の手続によらないでその義務を直接に強制することは違法であると主張する。
しかし控訴人等を本件建物から退去させるべく控訴人等に対人的直接強制を被控訴人が加えたという何等の証拠はなく、控訴人等の所有動産搬出についても、原判決に認定する如く被控訴人が昭和三十五年二月十五日控訴人宮脇マスノに対し、控訴人等の自発的動産搬出の勧告をなし、更に同月十八日納富菊一に代執行令書が交付されたことを通知し(控訴人宮脇マスノに対してのみ右の勧告、通知がなされたのは同人が本件建物についての賃借人であり、他の控訴人等はマスノの同居者であるためであることは当事者弁論の全趣旨に徴し推認せられる)たのに拘らず、控訴人等においてこれに応じなかつたので、己むなく被控訴人において納富菊一に対する建物除却の代執行の一連の行為として控訴人等の所有動産を本件建物より搬出したものであるが、かかる場合建物占有者に対し建物所有者に対する行政代執行手続とは別途に代執行手続――行政代執行法上の戒告及び通告――をとらねばならないとする何等の規定もなく、殊に本件の場合控訴人等は不法建築物の占有者であつて、その占有権を施行者に対抗し得ないのであるから、被控訴人が控訴人等に対し別途に行政代執行の手続をとらずに前記の如く控訴人等の所有物件を搬出したことは適法であるといわねばならない。よつて控訴人等の右主張も亦採用できない。
よつて控訴人等の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいづれも理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 中園原一 厚地政信 原田一隆)